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ぐ~たらオタクの似非考察日記

アニメ・マンガ・ゲーム・ライトノベルについて考察するブログです。

努力描写と努力設定。「史上最強の弟子ケンイチ」に見られる設定上の違和感を感じる読者層

漫画 アニメ

以前vipでこのようなスレを建てたことがある。

 

努力型主人公:「司波達也」「キリト」「冴羽りょう」 才能型主人公:「白浜兼一」「小早川セナ」「ポップ」:わんこーる速報!


内容としては

 

キリト、司波達也、冴羽りょうが努力型の主人公
白浜兼一、小早川セナ、ポップが才能型の主人公 *1

 

という主張である。
区分分けの基準として、キャラが一定の強さになるために「設定上」どれだけの年月を要して成長したのかという部分で

・極短期間で急成長したキャラを才能型
・長期間訓練した結果能力を身につけたキャラを努力型

と分類した。
その結果以下の様な反論を頂いたり、いくつかコメントを頂いた。

 

・努力型というのは作中で努力した描写の有るキャラの事である。そのため分類としては違うのではないか
・才能と努力をどちらもするのが通常でどちらか片方だけにカテゴライズするのがそもそも無理があるのではないか
・お兄様才能型だろ
・ケンイチは努力型にきまってんだろ
・ケンイチが才能型なのは最新話をみればわからんでもない
etc...

 

この中で私が特に気になった意見はこれだろうか。


・努力型というのは作中で努力した描写の有るキャラの事である。そのため分類としては違うのではないか

 

そもそもこのような分類を思いついたのが

ベイビーステップ*2という漫画作品を読んだのが発端である。

原作25巻で神田というキャラが主人公・丸尾栄一郎に対して天才クンと呼ぶシーンが存在する。

 f:id:liatris5:20141028054433j:plain*3

この作品、特徴として主人公の練習描写に非常に比重が置かれており作中内で実際過酷な訓練も行われる。*4

ところがこの主人公、検索をかけてみると評価が二分しており

 

・天才タイプであるという意見
・努力タイプであるという意見

 

の2種類が混在している。
作中内で非常に努力描写が多いにもかかわらず。である。

・努力型:作中内で過酷な訓練を行い、ガリ勉キャラからプロのテニスプレイヤーと互角になるまで成長していく点
・天才型:わずか1~2年の短期間で異常な成長速度を根拠に天才型と分類

という意見が多いだろうか。


しかし上記の意見*5からするとこのように主人公が努力をしているとほぼ確実に努力型のキャラに分類されるように思う。

 

ところが天才型と努力型両方の考えを持っている人がいる

では、それが何故なのか?
ということを考える上でソードアート・オンラインという作品がいい例になると思う。

 

f:id:liatris5:20141028063456j:plain

主人公であるキリトは物語開始当初、仮想世界の中にとらわれところから始まりわずか数十ページでいきなり74層攻略場面までシーンが飛ぶ。

キリトが睡眠、食事を極限まで削りハイレベルプレイヤーであるために危険なモンスター狩りを行っているシーンである。


ここで読者に主人公は努力をしていますよという「設定」が提示される。
少々の説明が提示されるだけで「史上最強の弟子ケンイチ」や「ベイビーステップ」の努力描写から考えれば恐ろしく少ない。


ところがこの設定を根拠にキリトは努力をしているという意見が多く見られる。

 

作品開始時点で強い+過去に努力しているという設定→つまり努力している

 

 なるほど、確かに設定上キリトは努力しておりその結果強くなったという内容にも矛盾点はない。


この考え方で行くと、昔運動が得意ではないケンイチや栄一郎は設定上過去に努力はしておらず作中内で急速に成長していくキャラ、つまり天才として認識される。

 

過去に運動はしていない→なのに強い→才能がある→つまり天才型である

 

ベイビーステップではその点を踏まえた上で栄一郎が天才と呼ばれるシーンをわざわざ描きその違和感を解消している。*6

一方で史上最強の弟子ケンイチは作品上周囲の師匠キャラがこぞってケンイチのことを才能がない。とは言うものの過去の設定*7上との矛盾点からケンイチが努力だけで這い上がってきたという作中内での描写との乖離が発生してしまう。

設定上の整合性からケンイチが「努力型」という分類に違和感が生じる。

ケンイチの問題点として努力という言葉のもつ強さに頼り過ぎのような気がしている。

努力という言葉を入れておくと無条件で読者の共感を得やすいからだ。それに頼るあまり過去の設定との間に矛盾が生じ一部の読者が違和感を感じてしまう。

 

つまり作中内の描写より、数行で表される情報の整合性を元に作品内の説得力を考える層がいるのではないか。この手の思考をする人は数行の説明から過去の行為を想像して自らふくらませている人が多いような気もする。

 

ただ、どちらも問題点はあるような気がしていて理想を言えば設定上に矛盾が生じず、作中内でもきっちり努力の描写を入れると*8違和感が割りと解消されるような気がしている。

 

個人的には設定上の矛盾点もなく描写もきっちりしており、理想的にバランス良く描けているキャラをあげるとすると以下だろうか。

才能型主人公:丸尾栄一郎

努力型主人公:相良宗介

*9

 

フルメタル・パニック!は面白かった・・・

3期やんねえかな・・・

 

ちなみに史上最強の弟子ケンイチは割と好きな作品の一つで特に貶める意図はない。
お気にい入りのシーンは52巻のケンイチが武田とルグを止めるシーンである。*10

*1:ポップは主人公じゃな(ry

*2:几帳面で真面目な男子高校生・丸尾栄一郎が、テニスの魅力に目覚め、成長していく青春ドラマ[2]。作者の勝木光はテニス経験者であり、本作は綿密な取材に基づいて現実的な技術や戦術、トレーニング理論が描かれている。

*3:右が神田。一番左が主人公丸尾である。

*4:理論的な主人公の考え方が面白い。オススメである。

*5:努力型というのは作中で努力した描写の有るキャラの事

*6:つまり主人公は天才という見方もできると読者に提示している

*7:運動はしておらず、いじめられっ子で本好きの少年という設定

*8:過去編とか

*9:どちらも、作品内で突拍子もなく強いわけでもなく、設定として強くなる理由が読者にきちんと提示されている。

*10:一人だけ割りと一般人に近い考え方をしている主人公に共感がもてた。カッコイイ。