ぐ~たらオタクの似非考察日記

アニメ・マンガ・ゲーム・ライトノベルについて考察するブログです。

少年漫画における血統主義が批判されやすい理由と血統主義になる原因の考察、そして回避策について

少年漫画においてよく血統主義が批判される。
最近の代表例としてはしばしばNARUTOが挙げられる。
「結局なるとは4代目火影の子供か」
とか言われたりする。

ただ、この批判される理由というのは結構単純で
「結局」血統主義かよ。
という言葉が象徴している。

最初は「努力」を強調して「努力」するのが良いと作品内で謳っているように見えるが話が進むと実は主人公は良血統だった。
という展開になり、作品に「努力」を期待していた層が裏切られるから不満を持つわけだ。

努力はいいことなんだと最初に言われれば次もそう期待したくなるのが人間だしすごくわかりやすい。
別にそれは悪いことでもなんでもないし極普通の反応である。

ではなぜ、少年漫画では努力を強調していたはずなのに実は良血統だった、という展開になってしまうのか。
それは少年ジャンプ的な「努力」と「勝利」というものの論理的な食い合わせの悪さから来ている。

努力することの美徳というのは日本では普遍的に広まっている価値観だ。
努力した偉人のことが取り上げられたり、偉人には逆にどういう努力があったのかというテーマで取り上げられることはしばしばあったりする。
ジャンプのテーマは「努力・友情・勝利」なんて話も広まるくらいだ。

実際少年漫画、特にスポーツ物においては努力するシーンを頻繁に描いたり努力をたくさんしたものが好意的に描かれたり勝利したりするパターンが見られる*1
NARUTOも初期の段階では努力を強調するパターンが多かった。
わかりやすい例がロック・リーだ。
忍術も幻術もできないから体術をとことん突き詰めてすげー「努力」したキャラとして初戦闘シーンは描かれた。
そしていかにも才能がありそうだったり体格が強そうだったり強面だったりするキャラを相手に勝利するわけだ。

このように極初期段階では、「才能のあるキャラ」としてライバルキャラがたいてい配置される。
努力したキャラが才能のあるキャラをぶったおすということそのものにカタルシスがある。

これは一般的に才能がそこまであるわけではないと自認している人にはすごく共感を得やすい展開であるしわりかしうけやすい。
ただ、これを少年漫画という長期に渡って連載を続けることを求められる作品で行うとある地点で詰まることになる。

長期間の連載を続けていくと、そのうちただ才能のあるキャラというのがライバルキャラとして不適当になってくる。
同じ展開が続けばマンネリが発生するからだ。

そこで才能のあるライバルキャラも努力をし始めるという展開になる。

努力すれば進歩できるという価値観の作品としては「恐ろしく強大なライバルキャラの誕生」というわけだ。
「あの才能のあるキャラが努力もしてきたぞ!どんだけ強くなるんだ!」
ということだ。

ところがここに論理的な矛盾点が発生することになる。
初期段階では努力を強調して才能のある敵を倒すことでカタルシスを得る。
ところがライバルキャラも努力をしてきた。

つまり努力をしたという面においてはこの時点で既にライバルと努力キャラは対等になるはずである。
そうすると論理的に言えば才能を持ったキャラが勝利するという展開になってしまう。

しかし、初期段階から読者が応援していたキャラが負けるのはエンタメ作品としてはあまりよろしくない*2

そうするとここで持ち出されるのが血統や才能である。
努力した才能あるキャラに勝利するにはこっちも努力した才能のあるキャラにならなければ勝てないというわけである。
え?と思ったかもしれない。

しかしこの手のロジックは少年漫画では頻繁に使用される。
その象徴がカカシ先生の台詞、「やはり天才か」である。

努力と勝利という作品テーマを並立させると上記のジレンマにどうしてもぶち当たることになる。
とはいえこれを回避する手段もある。

1.作品上最も強い才能キャラを最初から設定しておく
最初から最強キャラを出して、そこを到達点に設定する。
最も強い才能キャラを設定しておけば、物語の最終地点が才能キャラを1回だけ倒すことになりその後の「努力した才能キャラと戦う」展開を出す必要がなくなる。
ただし、欠点として才能系のキャラを倒す展開を多用できなくなるので緻密な作品展開が求められるし、才能キャラを倒すというカタルシスを連載中に得にくくなる。

2.徹底的な根性論・精神論
スポコン物に代表される一種荒唐無稽とも取れるような極端な修行を主人公などにさせることで精神面で相手を圧倒させる。
欠点としてあまりに現実から離れてしまうために一種ギャグのように見えてしまうことがある。

3.はったりを効かせて論理を無視する
戦闘において火事場のクソ力だとか1000万パワーのようなむちゃくちゃなはったりを効かせて論理を無視する。
とにかく無理やり勝たせる。
こちらも欠点としてギャグに見えてしまうことがある。

4.そもそも勝利に価値観を見出さない
別に一人で立ち向かう必要はないし、仲間と共に強敵に挑んだり、そもそも戦わない。
また、勝利するために強くなるのではなく目的を達成するために強くなることを目指せば、必ずしも才能あるキャラを倒す必要はない。

どのパターンも使える場合と使えない場合があるし使うとテーマが複雑になったりする。
週間連載だと結構使うのが難しい。

というわけで、「少年漫画」において血統主義が批判される理由とその原因、また回避策に関する考察でした。

*1:そっちのほうが多いかどうかまでは不明

*2:もちろん、最初は負けるが最終的には勝利するという展開はありうる