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ぐ~たらオタクの似非考察日記

アニメ・マンガ・ゲーム・ライトノベルについて考察するブログです。

まなざれることが普通な日本の男キャラ

アニメ 批評

女キャラがエロイ目線でまなざされるのがよくない的な話がよく挙がったりする。
実際欧米圏だとゲーム界隈で若干深刻なようだ。

そしてその論理を日本に持ち込んでそのまま使っている人がいる。
しかしながら日本でその論理をそのまま持ち込んでも効果が薄いんじゃないかと思う。

なぜなら日本のオタク界隈では男性キャラがまなざされることは普通だからだ。
このような状況下でまなざし云々の話を持ち出しても効果が薄いといわざるを得ない。
女性もまなざしているからであり、その勢力からの支持を得づらいからだ。
男性キャラのイキ顔に興奮したり、上半身裸にした男性キャラが頬を赤らめて恥ずかしがっている顔をありがたがっている女性たちが自分の事を棚に上げて「女性をエロイ目線でまなざすのをやめよう」なんて発言に諸手を挙げて賛成するのはどう考えたって躊躇うはずだ。
なので、欧米の一般的な論理をそのまま持っていてもぶっちゃけあまり効果がないと思われる。

前に、男性がおそ松を嫌いなのはまなざされてるからじゃないかと言っている人がいた。
正直、ある程度あたっている気がするのだが同時にそれは女性側がまなざれるのが嫌な人がいるのとの対称に過ぎない。
つまり、女性側にまなざされるのが嫌な人がいるのであれば、男性側にまなざされのが嫌な人がいるのもよくよく考えれば当たり前だろう。

男性側が特段まなざされるのに慣れていないとかそういう話じゃなくて、男性にも女性にもまなざされるのが嫌な人がいるだけだ。
そしてどちらにも気にしない人がいるということに過ぎない。

例えば「テニスの王子様」はぶっちゃけまなざされまくってると思うが、テニプリ好きな男性ファンも普通にいる。
これはテニプリが女性にまなざされていることをそもそも気にしていないか、割り切っているということになる。

前に田亀源五郎さんが「弟の夫」という漫画のインタビューで、男性キャラがシャワーを浴びているシーンをいきなり作中に挟むことでドキッとさせたかったといった趣旨の発言をしていた。
これはつまり、女性キャラのサービスシーンを話の必然性無しに唐突に挟むことの不自然さを暗に強調したかったのだと思われるが、ぶっちゃけ目新しくはないなと思ってしまった*1

なぜなら昨今のオタク界隈を見ているとわかるが、水着回やお風呂回で男性キャラの裸シーンを挟み込むのがわりと普通になってきてたりするからだ*2
しかも別にギャグシーン的な見せ方ではない。
女性キャラのお風呂シーンを描いたら次は男性キャラもというわけだ。あるいは男性を描いてから女性キャラもという展開もあるかもしれない。
このような状況では、男性キャラのサービスシーンを入れてドキッとさせたいなどという目論見は全くの無意味ということになってしまう。
このような作品を「男性オタクと女性オタクを一緒にとりに来たな」なんていわれることすらある。
ある程度類型的な手法として認識されつつあるということだ。
もちろん「弟の夫」自体はそういった人以外のかなり幅広い人を対象に向けて書いている作品ではあるので無意味だというわけではないし、意義はあるだろうということは言っておく。

どちらにせよ、この論法はそのまま持ってきても日本では通用するとは言い難い。
このような話をすると、「男性女性問わずにそのような見方が問題なんだ」という発言が出てくると思う。
もちろんそのような意見もありだと思うが、重要なのはその意見を織り込み済みの上でロジックを組まなければならないということだ。
でなければ、延々とかみ合わない議論を続けることになる。
今後いわゆる「エロイ目線」に反対するのだとしてもなんらかの手法的転換は求められることになるだろう。

こち亀で中川のシャワーシーンを描いた時代が懐かしくなってくるな。

*1:ちなみに、だからといって田亀さんがまなざしに反対しているかどうかは私は知らない

*2:すべてそうなっているわけではないということは言っておく