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ぐ~たらオタクの似非考察日記

アニメ・マンガ・ゲーム・ライトノベルについて考察するブログです。

物語を嫌いになったことがないなぁという話と物語を評価するときの軸

世の中にはいろんな作品があります。

主人公が強かったり弱かったり。
キャラが多かったり少なかったり。
燃えだったり萌えだったり。
グロかったりエロかったり。
複雑だったりシンプルだったり。

とにかくいろんな種類の物語があります。
で、個人的にはそこに作品としての優劣はないと思ってるんですよね。

あくまでまず事実のみが存在するのであって、その事実をもってしてそれが即100点!だとか0点!だとかはないだろうと勝手に思ってたりします。

ただ、だから作品は全て等価値なんだっていうつもりもなくて、「ただそこに存在するだけの物語群」というレイヤーの上位のレイヤーに「人類の評価」というレイヤーが存在する。
というざっくりした俯瞰図が(私の)頭の中に存在します。

で、その物語を評価する人類の上位レイヤーは個々人によって評価するしないが異なっていて完全に一致している人はいません。
けどある種の傾向は存在していて評価軸が偏っている物語が世の人間に支持されていくわけですよ。

っていう考え方を普段からしてるとなんだか特定の物語を嫌いになるっていうことがあまりなくなってくるんですよね。
俯瞰視点で見たときに評価視点を私個人の性質によって見ることができない、あるいは無意識に見えていないフリをしてしまう作品はたまに引っかかっちゃうことがあったりします。
でも、それはあくまで「自分個人の傾向にすぎないのだ」と思っているとなかなか心から嫌いになるってのは難しくなります。

でそう考えていると、たまに○○だから駄目なんだ*1っていう評価をされている作品があったりします。
でもそういう発言を見るとなんだかなぁ、とも思ったりしちゃうんですよね。

でもよくよく考えると私が物語を軸に見ているのに対して、そっち目線の人はまず人間が軸に存在するのかもしれませんなぁと思うのでした。

*1:例えばキャラが強すぎる・弱すぎるから駄目な作品