読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ぐ~たらオタクの似非考察日記

アニメ・マンガ・ゲーム・ライトノベルについて考察するブログです。

完全究極概念体「ライトノベル」

ライトノベル

なんでいろんなことがライトノベルの仕業にされちゃうんでしょうかねぇ?

↓こういう記事が投稿されちゃったわけです。

kazenotori.hatenablog.com

なんででしょうねぇ?
個人的には知名度が異常に高い割に実体が不明な、ある種概念的な存在になってしまっているからではないかと思いますが。

つまり誰でもライトノベル*1という言葉は知っているけど誰もがライトノベルを読まないのであらゆる存在に変形できる。
共通で使える概念でありながらこの単語を知っている人はすべからくライトノベルがなんなのかがわからないので自由にイメージ出来てしまうんですね。

漫画やアニメだと大抵の人が読んだりみたことがあるので「漫画はこんな作品ばかり」といっても「あれ?でも俺の読んだ漫画は違ったぞ?」という感じで人間の空想に制限ができてしまうわけですよ。
ところがライトノベルをほとんど知らない人はその空想に制限がなくなる。文章が書いてある本という概念しかないから、中身はどんな形にでも変形させられるわけです。

そうすると

ラノベでは学園祭をさも楽しいイベントのように描いてるけど、ラノベ作家なんてどうせ実際の高校時代は、学祭サボって秋葉原とかに遊びにいってたくせに」

という発言から

ライトノベルは学園祭をさも楽しいように描くもので、作者は秋葉原に遊びに行ってる人ばかり」

という冷静に考えればおかしいだろというような内容にすら変形できるわけですよ。
漫画だったりすると「あれだけ作品があればそうでないのも当然あるのでは?」という思考が働きますけどライトノベルだと否定する部分が無いわけですよ。そもそもどれくらい出版されてるかも皆知らないし。
自分どころか周囲にも存在し得ない。読んでる人が少ないから。
ライトノベルというのは空想上の概念に過ぎない*2のでありえない事がありえるかも?になってしまうわけですよ。


そういうある種スライムかアメーバの様な生態を持ってるので非常に便利な道具なんだろうなと思います。
自分のイメージする嫌いなもの、良くないものに自由自在に形を変えてくれてしかもそれに賛同する人も出てきてくれる。なぜならそれを聞いたり読んだ側もライトノベルが何か知らないので
相手の発言に合わせてイメージを作り出せるわけです。発言者が嫌いな人でもない限りわざわざ実はそのイメージは違うのでは?と考える必要がありませんからね。
そうするとなんだかわからないけど「ライトノベル」という概念は自分の意見を発することができる上に賛同者がたくさん出てきてくれる概念になっちゃうんですよねぇ。

で、それならいわゆるポジティブな方向にも使えそうですけど、全体の属性そのものは「負」であるとネット上の共通認識として固定化されてしまってるのでそこだけは動かすことができないわけです。
「正」ではありえないよなぁ?と。

まぁ例えて言うと「鵺」ですかね。
滅茶苦茶にバケモノが合成しまくった格好しててなんなのかよくわからないし、バケモノなんでいくら罵ってもOKというか。

*1:本を読む人、あるいはオタクならほとんど知ってるんじゃないかと

*2:当人にとっては