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ぐ~たらオタクの似非考察日記

アニメ・マンガ・ゲーム・ライトノベルについて考察するブログです。

感受性についての定義 / 作品世界に入り込むための分水嶺

アニメ ゲーム

eroge-pc.hatenablog.jp

 

上記の記事を読んだ。

実は私もこの辺りの考え方については以前から考えていたことでもある。

ただ、正直優劣云々とか感受性は磨けないとかいう結論にもっていくのはあまりにさみしいので自分なりに考えてみた。

 

1.本記事における感受性

さて、まず記事内で挙げられている感受性とは一体なんなのかすこし整理してみたいと思う。

感受性と一言で片付けてしまってもいいが、記事の中で挙げられている事柄が若干曖昧なため誤解を招いている・・・というかこの人の言っている事柄に「感受性」という言葉を当てはめるのは少しまずいのではないかということだ。

 

まず最初に感受性とはなんなのかということで以下のリンクで調べた。

 

kotobank.jp

ざっくり言うと、読者や視聴者がアニメや漫画、ライトノベルを見たり読んだりしたさいに登場人物が発した言葉や独白、また置かれた状況や作中で流れているBGM等を聞いた際に受けた刺激に対して感動したりする閾値が低いか高いかというバロメータのようなものである。

 

 という前提で話す。

 さて、その上で結論から言ってしまう。

記事を読むなんとなく見えてくるのだが、この記事で言われていることははっきり言うと 「感受性」ではない ということだ。

 正確に言うとある別の事柄とごちゃごちゃになっているため、結論がぶれてしまっている。

 

2.作品を楽しむための技術 / 背景を読み解く力

例えば例としてあげられている いずみのさん のまとめでは

 

 

 という例題が挙げられているが、こう言った例は作劇上真っ暗な洞窟の中主人公たちは進まなければならないが、読者がキャラが見えないと感情を伝えることが難しいためあえてグレーにする。という配慮を経た結果

 

ストーリー上は真っ暗な中主人公たちは進んでいるが、表現上はグレーである。

 

という状態の絵が出来上がる。*1

さらにいずみのさんはここでそのシーンを見ている上でこういったことを発言する人がいるという。

 

 

実際にこういった類の読者や視聴者はしばしば存在していて、信者とアンチの間で問題になる論争もかなりの数がこういった類のものである。

というか 

 

俺の好きな魔法科高校の劣等生はこういう奴がおおすぎなんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!

 

という怒りをぶち撒けたくなるが、そこで終わってしまってはあまり意味が無い。

 さて、はたしてこれは感受性なのだろうか?

 

次にもう一個挙げられている例として記事を書いた人自身が以前に書いた記事として

eroge-pc.hatenablog.jp

 

 上記の記事がある。

この記事のまとめでは以下の様なことを言っている。

 

アニメが楽しめないのは「俯瞰高度」が高すぎるせい。
俯瞰高度とは、アニメを見る視点の高さのこと。
・「内側」で視ることは"体験”するということ
・「外側」で視ることは"観客”になるということ。
・「上空」で視ることは"創造者”になるということ。
俯瞰高度が高くなるに従いアニメの構造が分かってくる。
外側・上空でずっとアニメを視ていると楽しめなくなってしまう。
アニメを一番面白く見る方法は視点をシームレスに動かすこと。
「内側」で視れなくなった人は、「外側・上空」視点でアニメを語るのは一旦やめよう。

 

俯瞰高度が高すぎると作品をメタ的に罵ることがどんどん増えてくるので楽しめなくなるということだ。

 

さて、ここまで見てきてわかった人もいるだろうか。

はっきり言ってしまうとこれらの事柄は作品を楽しむための「テクニック・技術」、あるいは「知識」という分類ではないかということだ。

 

3.該当記事の何が誤解を招くのか。

 私が最初に感受性とは閾値バロメータの高低であると言った。

 しかし、該当の記事で問題なるのは、2.で上げた作品を読み解く上でのある種の技術や知識がその感受性とごちゃごちゃになってしまっているためである。

つまり、上空視点から見るという方法を取ることが出来ない=感受性ない(外界からの刺激で感動できない)という摩訶不思議な結論に至っているためである。*2

個人的には作品を楽しむためには、2番で上げた作品世界に入り込んだりバックボーンとして存在する表現方法をうまく汲み取る技術を得た上で初めで作品世界に入り込むことができ、そしてそこでようやく感受性が発揮されるという2段階を経て楽しめるものだと思っている。

 

以上の点を踏まえた上で記事を読むとまた少し違った視点が見えてくる。

 

4.感受性がない場合の多くはその術を知らない。あるいはわざとそうしている。

タイトルが少々ややこしいが、ここでいう「感受性がない人」とは俯瞰高度が高すぎる人や洞窟の件をよくわからない人のことだ。

 

実はこの人達は、そういった知識*3をそもそも知らない場合が多々ある。

ということ

そしてもう一つ重要な点はわざとそうしている。

ということである。

実はこの作品世界に入り込むというのは意外に労力が必要になる。

私などはヘッドフォンをして外界の音を全て遮断した上で電気を消し、何も食べずに数時間ひたすら同じシーンを繰り返し見るというようなことをよくやる。

このくらい集中して初めて強烈に該当シーンに感情移入し、感動することが出来る。

私のは極端な例だが基本的に作品世界に入り込むというのは非常に疲れるのだ。

そのため、冒頭部分などで作品を楽しむ勝ちがないと判断するととたんにメタ的視点で物語を楽しもうとする層が出てくる。

アンチ層にはこの類の人が存在しており、困ったことに俯瞰視点で見ることに慣れているので中途半端に知識があったりする。この辺がアンチの方が知識があるという発言をする人がいる根拠の原因だったりする。*4

 

後者にいくら作品の布教や説得を試みても難しいのは馬鹿にすることそれ自体が楽しみになっているためである。これは作品世界に入り込んで楽しむとは方向が違うものなので説得してもそれには心が揺れ動かされないことが多い。*5

しかし、ここで重要なのは前者のほうである。

 

魔法科高校の劣等生の良い例として一つヒロインの「司波深雪」というキャラが存在する。

 f:id:liatris5:20150531182401j:plain

※司波深雪

 

有名なコピペがあるので以下に貼ります。

 

・稀有な美少女で、その場にいるだけで注目を集めずにはいられない天性のアイドル、というよりもスター
・学生時代、毎日のようにラブレター (というかファンレター) を押し付けられる
・全国から九校が集まる魔法スポーツ対抗戦の会場で、男性人気で一番だった先輩と女性人気で一番だった先輩を抜き、それ以上の熱心なファンを男女共に獲得する
・競技中に客席の青少年が動悸と息切れを引き起こし、担架が呼ばれそうになる
・生身の人間ではなく、オーバーテクノロジーによって青少年の願望が具現化した立体映像だと言われても信じられるほど
・世界的なトップモデルが裸足で逃げ出す美貌」
・ブティックの試着中に他の客が人垣を作り、店内がファッションショーと化す
・(芸能事務所で一番の美貌のスター女優から見て) 神に愛されたのか悪魔と取引したのか、努力で手に届く次元ではない美しさ
・ダイヤに喩えるなら、価格の付けられない「ザ・グレート・スター・オブ・アフリカ」だと芸能事務所の社長が一目で感じ、スカウトされる
・女子生徒を含んだ生徒の意見の一致する、学校一の美少女
・生身の人間であることを忘れさせる神秘的な美貌
・(深雪が入学してくるまで学校一の美少女だった先輩が認める) 性別を超えた美しさ
・(1学年後輩になる女子にとって) 自分の理想像そのままの美しい女性を見たのは初めてで、「女神様みたい」と感じるほど現実離れしている

 

 さて、上記のコピペをみてあなたはどう感じただろうか。

 

こんなキャラはありえない?

やりすぎ?

 

そう思ったあなたは作品世界に入り込むための知識を一つ身に付けるとよいでしょう。

ここで重要なのはヒロインである「司波深雪」は読者であるあなたにとって美人であるかどうかというのは重要ではなく、作中世界において非常に美人でありそれが意味をなす。ということなのです。

 

実はこれは少女漫画等でよく使われる手法です。

 漫画等で美形キャラの周りにキラキラ星(☆)が飛び交っていたりトーンがバリバリにはられまくっていたり、あるいは美形のお兄さんキャラにバラが飛び交う。

花より男子でF4が学校の女生徒からイケメンだと言われたりかっこいいと言われたりしているシーンもありますね。

しかし、果たしてこのキャラの絵を全ての読者がかっこいいと思えるでしょうか。

f:id:liatris5:20150531183206j:plain

 

例えばこの作者の絵柄はあまり好みじゃなくてF4もブサイクに見える。

そんな人が世の中にいたりしないでしょうか。

いや、はっきり言いましょう。いるんです。

ですがその人達も作品を楽しむことは出来ます。

なぜなら彼ら彼女らは自分の感情的部分と作品内における状況説明を頭のなかで分離しているからです。

 

「絵柄はブサイクに見えるけど、周囲の状況から見るとイケメンなんだな。よし、じゃあこいつらはイケメンとしてみることにしよう。」

 

この感情を出したり引っ込めたりする技術を使って初めて感受性を発揮するターンになります。

個人的にはこの技術を知らない、あるいは知りたくもない人があまりに多い現状に辟易することも有りますが、かなりの方がこのやり方を実践できていません。あるいはする気がありません。

 

正直に言うと該当記事の場合ではまだ感受性に優劣があるということが言える段階ではないような気もします。

実際作品世界に入り込んで共感をしたり、楽しむというのは非常に労力のいることです。

地道にこういった考え方や技術を普及していくというのが近道かもしれません。

感受性を探る上でも、一旦考え方を教えてその上でどの程度感動するのかという見方が必要になってくるでしょう。

 

以上。

*1:もちろんあくまで例なので、別の理由が存在する可能性はある。

*2:本人がどう思っているかは別にして記事からはそう読める気がする。

*3:漫画特有のお決まりの展開や表現方法

*4:個人的にはこの楽しみ方は大嫌いだが。

*5:稀に転向する人もいるが