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ぐ~たらオタクの似非考察日記

アニメ・マンガ・ゲーム・ライトノベルについて考察するブログです。

電脳世界の捉え方-SAOにおけるネットの捉え方-

現在絶賛放映中のソードアート・オンラインⅡだがやはり面白い。

原作で既に読んで知ってははいるものの映像化されると読んだ時の感覚を思い出す。

 

ところで、ソードアート・オンラインではしばしば

 

「廃人wwwww」*1

というような長時間プレイしているゲーマーを揶揄する意見が見受けられる。

実際には作中でキリトたちがどの程度ALO等をプレイしているのか描写がないのでイマイチなんとも言えないところではあるのだが・・・

同じように現在放映中のログ・ホライズンでもつい最近その類の話をテーマにした回があった。*2

 

筆者は過去にMMOをプレイした経験もあってどちらの作品も好みの作品ではあるし、あるあるネタが多くて面白いのだが、両者を比較してみるとSAOのネット空間への捉え方が非常に面白い。

 

どこが面白いかというと、電脳空間は現実の延長線上にある。と考えていることである。

 

例えばそれを象徴するシーンとして1期19話、ルグルー回廊で以下の様なシーンが有る。

 

しょせん、ゲームなんだからなんでもありだ。
殺したければ殺すし、奪いたければ奪う。
そんなふうに言う奴には、嫌ってほど出くわしたよ。
一面ではそれも事実だ。俺も昔はそう思っていた。
でもそうじゃないんだ。仮想世界だからこそ、守らなきゃならないものがある。俺はそれを大切な人に教わった。


この世界で欲望に身を任せれば、その代償はリアルの人格へと帰っていく。
プレイヤーとキャラクターは一体なんだ。
俺、リーファの事好きだよ。友達になりたいと思う。
たとえどんな理由があっても、自分の利益のために、そういう相手を切るようなことは俺は絶対にしない。

 

このシーンで当時キリトを

 

廃人乙wwwwwww

 

というように揶揄している意見が多かった。*3

確かにMMORPGで実際こんなことを言う奴がいたら若干気持ち悪い気もする。

 

ただ、一方で非常に共感出来た人もいるはずだ。それが誰かというと・・・

Twitterfacebook等のソーシャルメディアを利用している人たち。

つまり最近の若者だ。

 

この世代の人達は気軽にネットで顔出しをするし、リアルでの情報をつぶやくこともいとわない。つまりネット世界は現実世界のツールであり、まさに言ったことがそのまま帰ってくるという現実世界の延長線上に存在すると直に認識している人たちである。

 

現実世界と電脳世界を行き来する

VR物というのは他にもいくつかある。

有名ドコロでは以下の様なものだろうか

 

クライン*4の命名元にもなった「クラインの壺

同じ電撃の「クリス・クロス

一昔前に流行った「.hack

最近で言うと「ログ・ホライズン

 

ただ、これらの作品が主題としているのはあくまで「仮想世界」である。

 

図にするとこうだろうか

 

f:id:liatris5:20141215160601p:plain

あくまで仮想世界がメインであり、仮想世界で何が起こっているのか?を問う物がメインとなる。

主人公は仮想世界で何が起きているのかを解き明かし、仮想世界で結末を迎える。

 

 一方でソードアート・オンラインの物語の構造は異なる。

f:id:liatris5:20141215161820p:plain

仮想世界、現実世界が相互にリンクし合い仮想世界で得た精神的経験値は現実世界で反映され成長していく。*5また現実世界で得た情報が仮想世界での謎解きのヒントになったりもする。*6

 

 つまり、現実世界と仮想世界はつながった一つの世界であり別個のものとしては考えていない。

ここにソードアート・オンラインが「過去」ではなく、「今」注目されているという大きな理由があると思っている。*7

 

2000年台前半のネットから2010年台以降のネットへ

この頃の日本のインターネットでは現実とネット空間を別物であると認識していた人が多いように思う。

2chでは匿名という仮面を被り現実世界から解放され自由な発想で発言を行うことが生とされていたように思う。

現実世界ではできないことを行う。広大なネットの海を素っ裸で泳ぐのも自由だった。なにせ現実とは全く違うアバターだ。

誰に何を言われようと気にする必要はない。次の日になればIDは変わる。

 

 だが、facebookyoutubeの台頭で時代は変わる。

youtubeで顔出し動画を配信し、facebookでは実名アカウントで交流しあう。

現実とネット世界は地続きになった。

 

大人たちは口々に言う。

 

「ネットは危ないところだから注意して使わないと駄目。のめりこめば廃人になるし、個人情報を晒すなんてもっての外だ!」

 

でも現実世界では友達はTwitterを実名で使い、写メを取って楽しそうにしている。

有名人はfacbookで交流しyoutuberは今や顔を出しまくりだ。

頭ごなしに否定されても現実との矛盾で懊悩する。

 

ところがSAOは違う。

この作品はネット空間を肯定する。

キリトの台詞が言うように、仮想世界での経験はそのままその人に帰ってくる。

 

GGO編でシノンは言う。

 

「ええと……キリト、あなた言ってることがこのあいだと違うわ」
「え……?」
「仮想世界なんかない、ってあなた言った。その人のいる場所が現実なんだ、って。VRMMOゲームは一杯あるけど、その世界ごとにプレイヤーが分割されてるわけじゃないでしょ? いま私のいる、この……」
 右手を伸ばし、指先で軽くキリトの左腕に触れる。
「この世界が、唯一の現実だわ。もしここが、実はアミュスフィアの作った仮想世界だったとしても、私にとっては現実……ってことだと思う」
 キリトは目を見開き、詩乃が気恥ずかしくなるほどの時間、ずっと視線を合わせていたが、やがて珍しくシニカルさの欠片もない――と見える――笑みを唇に浮かべた。
「……そうか。そうだな」

 

 彼らにとってもう現実と仮想の間に壁はない。

物理法則が違うだけの同じ世界なのだ。

 

恐らく、若干年を食った人はキリト達のこれらの台詞に違和感を感じた人もいたかもしれない。

だが視点を変えてみて欲しい。

インターネットは本当に恐ろしいものですか?

SAOを読めばその考え方も変わるかもしれません。

 

※余談

しかし、2002年にこの話考えるってすごいな・・・

当時ROとかやってたけど、ROで知り合って結婚したとか言うニュースあっても気持ち悪いとかそんな感じの反応ばっかだった気がする。

たぶん2chにどっぷりハマったネラーとかほど忌避感が強い気がするな。4chもそんな感じだし。

 

まぁ、そんな私ももねらーなんですけどね

*1:特定の趣味(オンラインゲーム等)に没頭して、日常生活などに支障を来たしてしまっている状態をも揄もしくは自嘲的に自称するのに使われてる。(例:学校や仕事にも行かず、風呂にも入らずゲームに没頭し、トイレはペットボトル 等)

*2:こちらも面白いので是非見て欲しい

*3:特にニコニコ動画とか2ch

*4:SAOの登場キャラ。数少ない男キャラである

*5:キリトは仮想世界で多くの人とコミニュケーションを取ることによりいわゆる廃人から抜けだした。文庫版ではもう少し先だがアリシ編でキリトの過去の一エピソードが語られるシーンでよく分かる。

*6:ALO編ではエギルが発見したスクリーンショットアスナを助け出す鍵になっている。

*7:2002年から著者本人のサイトで連載されていた。